小川聡クリニック

院長の独り言

第9回心房細動にカテーテル・アブレーションを勧められたら?

(1)アブレーション治療が必要な心房細動はどのくらいある?
(2)アブレーション実施のためのガイドラインはどう変わったか?
(3)NEW!
心房細動治療にカテーテル・アブレーションを勧められたら?
(4)NEW!
無症状の心房細動へアブレーション治療〜受けますか?
(5)NEW!
小川聡クリニックでの心房細動治療の実態

★好評につき、第9回で配信予定の(3)、(4)、(5)を一挙公開いたしました!

(1)アブレーション治療が必要な心房細動はどのくらいある?

赤坂で開業して7年目を迎えますが、Apple Watchで心電図を記録できるアプリの普及もあって、心房細動と診断されて、その治療で相談に来院される方が急増しています。特に気になるのが、カテーテル・アブレーションによる治療を勧められてセカンドオピニオンを求めて来られるケースが多いことです。心房細動の治療選択肢に幾つかある中で、アブレーションを必要とする患者さんがどの位居るかは、受診先の医療機関の規模、医師の専門性、地域性などによって異なる可能性があります。ごく一般的な開業医の中でも「不整脈」を標榜し、心房細動治療もその一つとしている当クリニックの実態をご紹介したいと思います。

この6年間で当クリニックを受診された心房細動患者さんは計341例(男性256例、女性85例)でした。発作が出て1週間以内に自然に治まる「発作性心房細動」と、それ以上持続する「持続性/慢性」心房細動に分けてみると、夫々252例、89例でした。特に多い発作性心房細動例の受診理由をみると(表1)、大部分は治療を目的とし、一部は診断目的での来院でしたが、何と33%の83例もが「アブレーション治療が必要と言われたため」でした。この中にはすでにアブレーションを施行された後の相談(20例)も含みます。心房細動と言う診断名を知らされたのも初めてで、「直ぐに入院してアブレーションしないと危ないですよ!」と担当医に言われてさらにショックを受けた方達です。多くは、その後で心房細動のことをネットで検索しているうちに、「灼かずに治す心房細動」と謳ってる私のクリニックHPにたどり着いて来院された方達です。

表1

発作性心房細動例の受診理由

こうして来院された83例への私の初診時の判断は以下のように分かれました。
(a)先ずは薬物治療で対応すべき(55例)
(b)アブレーションが必要(11例)
(c)アブレーションの必要はなく経過を見るだけでよし(17例)

(a)「先ずは薬物治療で対応すべき」で一番多いのは、動悸のために近医を受診して初めて「心房細動」と診断されたり、Apple Watchで動悸の時の心電図を記録したら「心房細動」と表示されて慌てて駆け込んだら、「大変です。直ぐアブレーション治療を受けないと!」と言われた方たちです。しかも多くは最初の診察時にそう言われています。全体の66%を占めます。抗凝固療法が必要な方もいますが、先ずは抗不整脈薬で治せると判断しました。中には、薬を始めても効果が不十分で、途中でアブレーションを勧めた方もいらっしゃいます。

(b)「アブレーションが必要」と判断したのは、既に他の医療機関で薬物療法が行われていて、発作が十分抑えきれず、なお自覚症状が強いため生活に支障が出てる方達が中心です。全体のわずか16%でしたがアブレーションをお勧めしました。中にはこれ迄の抗不整脈薬の使い方が十分でなく、他の薬を試してからでも遅くはないと判断し、治療しているうちに治ってしまった方もいらっしゃいます。

(c)「アブレーションの必要はなく経過を見るだけでよし」の多くは、健康診断で初めて「心房細動」と診断された方で、自覚症状も余りはっきりしない、あるいは良く問診しても全く無症状の方達です。そういう方には、勿論アブレーションを急ぐ必要はなく、まずは脳梗塞の発症リスクを評価した上で、抗凝固薬が必要かどうかを判断します。「発作性」とはそもそも放置しても大体は24時間以内、長くても1週間以内に自然停止するものなので、多くの方は当クリニック受診時には正常調律に戻っています。初めて発症した心房細動の半数はその後の1年間は再発しないと言われており、慌てて治療(予防)する必要はありません。そのまま経過を見ていけば良い方達です。でもそういう方にまでアブレーションが勧められてしまってるという現実が見て取れます。

この6年間の診療で、「アブレーション治療をすぐ受けないと!」と勧められた83例の中で、実際に私もそうしたら良いと判断したのは僅か11例(16%)でした。発作性心房細動の相談で受診された全252例の中でも、色々な対応をしても改善せず、最終的にアブレーションを専門機関に依頼したのは計32例、12.7%でした。他の方たちは、薬物療法あるいは経過観察をしている中で通常の社会生活を何の支障なく送られています。ただし、この中には、アブレーション施行後にそれ迄の発作から完全に解放され、充実した社会生活に復帰されている方も多く含まれます。闇雲に薬物療法に固執することなく、病状や薬の効果を見極めて、時を逸せず的確な判断をすべきと常々心して診療にあたっています。

(2)アブレーション実施のためのガイドラインはどう変わったか?

心房細動を対象としたアブレーション治療は、この10数年の技術革新を背景に成功率の向上が得られ、心房細動治療における位置付けが確実に増してきています。とはいえ、たとえ低率であっても重篤な合併症を伴う治療を受けるには、メリット・デメリットを慎重に評価した上で判断すべきです。日本循環器学会・日本不整脈心電学会が作成しているガイドラインがその目安になります。2018年版ガイドラインの記載によれば、米国での93,801回の集計では、合併症発生率は2000年と2010で各々5.33%、7.48%と決して減少はしておらず、むしろ増加しています。2017年のデータでは、死亡が最大で0.4%、つまり250人に一人、決して少ない数字ではありません。その他致命的になりうるものとして、無症候性脳梗塞15%、心タンポナーデ5%、左房・食道瘻0.11%(これの致死率は70-80%と高い)などがあります。

成功率や合併症発生率はアブレーションの手技の変遷によっても異なるので、一概には比較できませんが、ガイドライン自体も経年的に改訂され、その都度微妙に考え方が変化しています。

アブレーションに最も適した対象は?

2011年版ガイドラインでは、致死的合併症を伴う可能性のあるアブレーションを実施するには、「薬による治療で効果がなく心房細動が繰り返し、かつ日常生活に支障を来すほどの強い症状を伴う」場合としています。これであれば大方の医師が有用だと認める「クラスI」となります。この原則は2018年改訂版でも変わっていません。

「薬が有効な心房細動」にもアブレーションをするのですか?

2006年版ガイドラインでは、「抗不整脈薬が効いている心房細動へのアブレーションは有害」と、大方の見解が一致していました。つまり「クラスIII」(禁忌)で、「そのまま薬を継続していけばいいですよ、アブレーションはやってはいけません」、という判断でした。

2011年版では、しかしこの方針が大転換されました。「薬物治療が有効な心房細動」でも「患者がアブレーションを希望する場合」には、「大方の見解は一致してないが、有用である可能性が高い」として「クラス IIa」に格上げされました。それまで「禁忌」としていた心房細動例でも、患者さんが希望すればやってもいいですよ、と判断が変わったのです。5年間で技術進歩があった中とはいえ、ここにアブレーションを普及させたい医師側の思惑が読み取れます。

これを受けて、「今は薬が効いてるかもしれませんが、心房細動は生涯治りませんよ。副作用の有る薬を一生飲み続けるのですか?アブレーションなら薬を飲まなくてもよくなるのですよ」と言う説明で患者さんを説得し、患者さんにアブレーションを希望させようという医師が増えました。ただし、これは真実ではなく、今日では副作用を避ける薬の飲み方が確立されていますし、薬で効果があって心房細動を抑えられた後は、一定期間後に薬を中止しても再発しない例が多くあることは今や常識なのです。前項でも記しましたが、初めて心房細動が出た方では、その後の1年間で再発する可能性は半分なのです。つまり、心房細動の原因は様々で、一時的な原因で発症しても生涯それが続くとは限らないのです。その時だけ薬で治療すれば良い「1回限りの心房細動」かもしれないのです。そこを隠して(?)、あるいは薬に関する勉強不足で、こうした誤った誘導をする医師が増えたことを嘆かわしく思っていました。幸い、2018年改訂版からはこの記載「患者がアブレーションを希望する場合」は削除されています。いくら患者さんから希望されても、メリットとデメリットを天秤にかけて、最良の治療法を医師から提示することが本来のあり方だと思います。

症候性/再発性の発作性心房細動なら、薬を試す前でもアブレーションしますか?

2018年版では、「症候性/再発性」なら抗不整脈薬を使う前でもアブレーションを行うことをクラスIIa(つまり有用の可能性が高いのでやって良し)に加えました。これまでは先ず必ず薬で治療して、それが無効と分かった段階でアブレーションを勧めるよう決められてましたが、大きく変わりました。

この背景には、抗不整脈薬よりもアブレーションの方が心房細動の再発を抑える効果が高いことが欧米の臨床試験で示されたことがあります。但し、欧米で使用されている抗不整脈薬の種類には限りがあり、またその使用実態も日本と大きな違いがあり、日本での薬物療法の有効性よりはるかに低いというのが私の実感です。日本には、「心房細動治療(薬物)ガイドライン」があり、それに従って薬の種類や使用する順序をきめ細かく使い分けることで、満足できる成績が得られるのです。

そうであれば、やはり先ずは従来通り薬物療法を先行するのが正しいと思っています。薬物療法に長けていない先生は、薬の有効性を十分挙げられないため、敢えて患者さんの命の危険を冒してでもアブレーションを最初に勧めることになるのでしょうか。「心房細動治療(薬物)ガイドライン」の策定には私自身も深く関わってきた関係で、毎日の診療でもそれを実践していますので、その成績も後でご紹介します。「抗不整脈薬が無効」という判断を下す前に、ガイドラインに従って複数の薬を正しく使い分けるべきなのです。

(3)心房細動治療にカテーテル・アブレーションを勧められたら?

主治医による薬物治療で十分な効果が得られず、辛い症状から解放されないために、アブレーションの有用性を聞き専門機関を受診するのであれば理解できます。そこで、アブレーション治療の必要性、治療の有効性、合併症リスクなど、十分な説明を受けて納得し、同意の上で(informed consent: IC)実施してもらうのが本来の姿です。ところが私のクリニックにセカンドオピニオンを求めて受診される方の大半が、十分なICのないままに、「直ぐにアブレーションを受けないと大変なことになりますよ」と宣告されて驚き、不安に苛まれているのです。患者さんから伺う医師の説明内容の不条理さは、枚挙に暇がありません。

つい最近、某大学の関連施設の循環器内科医師から受けた説明として患者さんから伺ったのは、私にも驚愕の内容でした。「ご存知ですか?心房細動は心臓の癌なのです。直ぐに治さないと進行して手遅れになりますよ!」です。その患者さんはその施設で健康診断を受け、結果説明の際にそう言われたそうです。いつ発症したのか判らない無症候性の心房細動でしたが、翌週私のクリニックに来られた時には正常調律に復していました。色々お話をした上で、その翌週に予定されていた入院は断られたようです。さすがに、「心房細動が心臓の癌」というのは初耳で、このような説明をする医師がいること自体、あるいはそう言うように指導されているとしたら言語道断です!また、「私の言う通りにアブレーションを受けないなら、当方では治療できませんので他の施設にかかって下さい」等と言う医師がいるのも事実です。

先ずそういう境遇(アブレーションを受けざるを得ない雰囲気)に置かれた際には、以下の点を直接担当医師に質問して下さい。

  • 1.アブレーションを受けることの利益、何が改善されるのか?薬は飲まなくてよくなるのか?
  • 2.アブレーションの成功率、合併症(死亡を含め)、後遺症のリスク。特にガイドラインが示している一般的な成績とは別に、その施設、その先生自身の成績を必ず聞いてください
  • 3.アブレーションを今回受けなかった場合の将来のデメリットは?心房細動をそのままにしておくと本当に長生きできないのでしょうか?
  • 4.アブレーション以外の代替療法はないのか?
  • 5.アブレーションの費用 など

重い弁膜症や、心筋梗塞、心筋症で心機能が低下している方では、心房細動が再発して頻脈が続くと心不全の合併や悪化をきたす事があります。洞不全症候群では、再発した心房細動が治った瞬間に数秒の心停止が生じ、失神して事故につながる事もあります。そういう場合を別にすれば、一般的な心房細動は血栓による脳梗塞リスクへ対応しさえすれば、命に関わる不整脈ではありません。それに対して、命に関わる重篤な合併症がたとえ低率とはいえ発生する可能性のあるアブレーションを受けるには、相応の覚悟と見通しを持つ事が必要です。

(4)無症状の心房細動へアブレーション治療〜受けますか?

健康診断での心電図検査で偶然心房細動が見つかるケースがあります。そういう方の大半は症状もなく普通に生活されていて、初めて指摘されて、そういえばおかしいかな?くらいです。先に述べたように、その時点で初めて耳にする「アブレーション」の必要性を、しかも直ぐやらないとと説諭され、入院予約までされたり、関連施設の専門医外来に紹介されるケースです。「症候性・再発性」というアブレーション治療の大原則に反するケースです。一旦持ち帰って、自身でネットでアブレーションのことを調べてみて、「灼かずに治す心房細動」を謳ってる私のクリニックのHPにたどり着いて、駆込み寺のように受診される患者さんが後を絶ちません。中には、十分理解しないまま、勧められるがままに灼かれてしまった(?)後に、再発して再アブレーションを指示されて相談に来られる方もいらっしゃいます。クリニックの医学講座のコラム「マラソン選手にペースメーカー?」で紹介したような不幸な方もいらっしゃいます。その方も健康診断で指摘された不整脈を灼かれてしまい、再発すると最後はペースメーカー入れないと治りませんよ、と通告されて初めておかしいと感じ、私のクリニックに来られました。勿論、私の判断では最初からどんな処置も必要なかったスポーツ心臓に特有の不整脈で、それ以来3年近くになりますが、経過観察はさせてもらってますが、元気にジョギングを続けられてます。

2018年版ガイドラインでも、この無症状で偶然見つかった心房細動に関して大きな変更がありました。無症候性発作性心房細動でも、アブレーションによって生命予後が改善するという報告があるので、積極的に実施して良いのではないか、と記載してあるのです。これも海外での報告で、「生命予後」と言うのは何十年も先に分かる話なので、どこまで真実なのか判りません。無症状で日常生活に何の問題もなく、いつまた再発するのかしないのか判らないケースに、「長生きができるからアブレーションをしましょう!」と勧める医師が出てくるのでしょうか?心配です。

(5)小川聡クリニックでの心房細動治療の実態

我が国の薬物治療ガイドラインに準拠して治療した1年間の発作性心房細動の成績をご覧に入れます。2年ほど前の集計ですので、今回第9回(1)でお示しした6年間の数字よりは症例数が少ないです(発作性心房細動85例)。個々の患者さんの心房細動の病歴、過去の治療歴、心電図所見、心エコー検査の結果など、様々な要素を参考に、どの薬剤から使い始めるか、無効な時にはどの時点で次の薬剤に変更するかなどを決めて処方した結果です。

私の処方する薬は3剤(サンリズム→シベノール→ベプリコール)までで、発症時期、病態によって使い分けています。発症後1〜2ヶ月という比較的新しいケースにはサンリズムから、長いケースにはシベノールから始め、無効な場合にはベプリコールに変更します。これでも無効な場合にはアブレーションを考慮します。サンリズム、シベノールでは、効果があるかないかは長くても2−3週間の治療で判断できますが、ベプリコールの場合には2−3ヶ月服用して初めて効果が出る事もあるのが特徴です。このあたりをきちんと理解していれば、効果のない薬を無駄に長期間飲む必要はありませんし、もう少し続ければ効果が出るのに途中で諦めてしまうような事も避けられます。再発があっても、先ずは薬の用量、服薬時間(発作の好発時間に合わせた飲み方等)を再考する事でうまく発作を抑えられるケースも多くあります。詳細に問診してみると、就寝中〜早朝に発作が集中している方がよく経験されます。そういう方に普通に食後3回の服薬を勧めていると、夕食後に飲んだ薬の効果はほとんどの場合、その好発時間には切れてしまっています。再発するのも頷けます。薬が効いていないわけではなく、飲み方が悪かっただけで、そういう方には食後と決めずに好発時間に合わせた飲み方を勧めます。就寝前に服薬しておけば、朝方まで効果が維持されて発作が予防できます。特に、シベノールは深夜帯に起きる発作の予防効果が高く、重宝されます。場合によっては、1日3回服用する必要もなく、就寝前だけで十分な場合も多く見られます。

最近ではApple Watchで発作が出る時間が正確に把握できますし、受診されるまでの一月間の発作の出た時刻を綿密にメモしてきてくださる患者さんもいらっしゃいますので、薬の飲み方の判断に大変役立ちます。

薬物治療が無効とされアブレーションを勧められたケースでも、こうした点をきちんと評価する事にしています。最終的に患者さんのQOL(生活の質)を満足させられれば有効と判断します。図示してありますが、完全に発作が消失するケースに加えて、発作の回数が減り、再発しても直ぐ治まる様になり、発作が気にならなくなったケースが55.3%でした。強調したい点は、ある一定期間発作が再発しない状態では、薬を中止しても以後の再発が見られないことがあるのです(30.6%)。これは過去の実験データや、実際の診療に於いても証明されている事実です。この事実から私の診療では、発作が治まってきた時点で、一旦薬を減量、中止するようにしています。勿論、前述のように再発した場合の心不全や失神のリスクがある場合は例外です。命に関わりのない心房細動の場合には中止を原則としています。中止するタイミングには微妙なセンスが必要ですが、私の長年の勘も働きます。

こうした治療で、最終的に薬物治療が上手くいかず、専門医にアブレーションをお願いしているのは年間数例だけに止まります。

持続性心房細動例は少ないですが(16例)、やはりアブレーションを勧められてクリニックを受診された方々です。発作性心房細動と同様な薬物治療を行って15例(94%)では平均2.3ヶ月後に正常調律に戻りました。その中の7例では、抗不整脈薬を中止した後にも7ヶ月間の観察では再発は起きませんでした。5例では、薬を継続した状態で再発は起きていません。再発したのは3例だけでした。薬物治療でも十分効果があげられることが理解できます。

これから不整脈を志そうと言う若い先生方には、勿論アブレーションの様な最先端治療に携わることも大切ですが、抗不整脈薬の良さを学び、薬によって不整脈を治す醍醐味を味わってもらえるよう期待しています。

発作性心房細動グラフ