当クリニックも2023年5月で開院8年目に入りましたが、お陰様で、最近も受診患者様が増えております。週4日の診療で、これまでは初診は月10~15人程度でしたが、最近は常に20名超で30名に達する月もあります。コロナ感染をはじめ、様々な世情の不安要素がストレスとなって心臓に違和感を感じられる方が増えているのかも知れません。
そういった事以上に最近感じるのが、心房細動患者さんの急増です。もちろん心房細動は私の専門ですので、それだけ皆様から信頼されている事の表れと嬉しく感じるところですが、受診された理由を伺うと少し違和感を覚える昨今なのです。先日も4名もの初診の方が立て続きに来られましたが、全員から異口同音に「先日受けた健康診断で初めて心房細動と診断されました。何も自覚症状はありませんが、検診担当の先生から『すぐに専門医を紹介しましょう』と言われ、数日後に紹介先を受診したところ、『これは大変です。すぐに手術(アブレーションの事)しないといけませんよ』と言われ、翌週の入院申し込みまでさせられて帰ってきました。」との話を伺いました。「心房細動」という病名も初めて聞いたようで、しかもすぐ入院手術という事で大きなショックを受けられていました。そこから、いろいろ情報を調べているうちに小川聡クリニックのホームページにたどり着いて、相談に来られた方たちでした。中には数日後に入院予定という切羽詰まった方も居られました。
ホームページに挙げてある「院長の独り言」(第9回)に詳しく記載してありますが、学会のガイドラインのニュアンスが最近変遷している事があるとはいえ、「無症状」、「初発」、「薬物治療の経験なし」などの心房細動に直ちにアブレーションを勧めるべきではない、というのが私の考えです。皆様、居住地は千葉、神奈川、埼玉、都内とバラバラでしたので、医療機関は異なれど、どこでもこんな流れが横行してるのかと驚きました。検診機関とアブレーション実施施設との連携の良さにも驚かされます。
そこでもう少し詳しく最近の実態を調査してみました。2023年3月から8月迄の半年間の当クリニックの初診患者数は117名でしたが、そのうち48例(41%)が心房細動治療を目的とした受診でした。中でも、アブレーションを勧められて悩んで相談に来られた方が34例もいらっしゃいました。この中で11例がドックで見つかった心房細動でした。その他は、たまたま動悸で受診したクリニックで診断されたり、自身で購入したApple Watchで「心房細動」と表示され慌てて医師を受診したケースでした。ドックの11例を含め16例が無症状で、かつ初発の心房細動でした。他に治療法はないのかと担当医に質問すると、「薬は副作用もあるし、一生飲み続けることになるけど良いのですか?」、と説明され、それでは手術も仕方ないのかと思わされた方もいます。先日来られた方は、それでも薬を試して欲しいとお願いした所、処方された薬が何と我々不整脈の薬物治療の専門医でも滅多に処方しないアミオダロンだったことを知りました。欧米では良く処方されますが、強力である反面、重篤な副作用のため中断せざるを得ないケースが多く、我が国では特殊な病態以外で処方されることはありません。まして、ドックで偶然発見された健康な方の心房細動に処方されたことを見て愕然としました。なおかつ、副作用についての説明も全くなされなかったとのこと。アブレーション以外の治療法には全く関心のない専門医なのか、欧米で研修を積まれた先生だったのかは知りませんが、我が国の抗不整脈薬ガイドラインをもう少し勉強して欲しいと言う残念な気持ちになりました。
因に今回調査した半年間の34例では、初診時に「やはりアブレーションをすべき」と私も判断したのは1例のみでした。それ以外の33例は、アブレーションの適応ではないと判断しました。初診時に既に洞調律に戻っていたり、無症状の17例にはApple Watchや携帯型心電計による経過観察をしています。残る17例(心房細動持続の8例を含む)には抗不整脈薬を投与していますが、16例は洞調律が回復し、薬剤の減量あるいは中止を試みている段階です。
以上の様に、一度は心房細動が確認されて「早い時期にアブレーションした方が良い」と判断されたケースですが、最大6ヶ月間の観察期間ですが、心房細動による不利益は何もなく過ごされています。勿論、CHADS2 scoreに基づいて必要な抗凝固療法は実施しています。
心房細動=アブレーションと言う短絡的思考ではなく、個々のケースで各治療法のmerit-demeritを考慮して最終的選択をして欲しいなと感じながら診療を続ける毎日です。
むやみにアブレーションを勧める専門医のスタンスを憂いている私ですが、決してアブレーション反対論者ではありません。アブレーションの有効性は十分理解しています。現在、300名近い心房細動患者さんの管理をさせて頂いてますが、多くの方は私なりの治療で満足して頂いています。生活指導に加えて、薬の種類、用量や飲み方の工夫をしながら、心房細動発作の辛さから解放される日が1日も長く続くよう努力してます。ただし、長年管理しているうちに、それまで良かった薬の予防効果が落ちることもありますし、逆に患者さんから「そろそろアブレーションでしょうか?」と言われることもあります。様々な合併症リスクを考慮した上でも実施するメリットがあると判断した段階で、アブレーション専門医を紹介しています。その結果、以後の再発が完全に抑えられ、患者さんから大いに感謝されると、喜びもひとしおです。アブレーションの恩恵を受けられる患者さんは間違いなくいらっしゃいます。