自身で心電図を記録できるApple Watchやチェックミーなどの普及で、長い間動悸や胸部症状の原因だった不整脈が解明されて、適切な治療が行われ、すっかり元気になられる方が増えてきました。そんな実態を最近経験したケースを見ていただきながらご紹介したいと思います。それに加えて実際に記録された心電図の実例をお見せします。初めてのことですが、ご自分で見る機会が増えてきていると思いますので、何かのお役に立ててください。
76歳の弁護士さんがつい先日当クリニックに紹介されてきました。ある医療機関で受けた定期検診で、血中BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)値が僅かに正常値を上回っていたため、原因を検索して欲しい、が紹介理由でした。BNPは心臓への負担を示すマーカーで、心不全やある種の頻脈性不整脈(心房細動等)の発作後に一時的に上昇することが知られています。紹介頂いた先生の診立てでは心不全等の心疾患は何もなく、もし心房細動発作が隠れているとすると、年齢的にも脳梗塞を併発するリスクがあるので、それを予防する抗凝固薬(血液をさらさらにする薬)を早く投与したいとのお考えでした。外来での一通りの検査では心臓に異常はなく、心房細動らしき動悸の自覚症状も全くないとのことでした。一般的には、心房細動発作を起こす方の40%程度は無症状で、知らないうちに発症して、数時間程度の間に自然に治まってしまうと言われています。心房細動発作中に心房内に形成された微小血栓が、心臓から流出して脳の血管に詰まり、重症な脳梗塞を合併して、救急搬送された時に初めて心房細動が出ていると指摘されることもあります。この弁護士さんも無症状なので、とにかく心房細動が隠れている裏付けが必要でした。これには、心房細動に特徴的な「不規則な心拍」が出た時に通知してくれるApple Watchが最適ですので、早速購入していただきました。すると、入手後2日目で、Apple Watchに「不規則な心拍」の通知(アラーム)があり、心電図を記録した所、何と「心房細動が出ています」との診断コメントが表示され、驚いてクリニックに連絡をくれました。直ぐ来院して頂き、その心電図を確認した所、まさに心房細動で間違いありませんでした(図1)。
図はその際の記録の一部です。とがった波形(QRS波と言います)は心室が拍動するときに発生するもので、腕で取る脈拍と一致します。安静にしていれば1分間で60-70回、規則的に繰り返されます。心電図のマス目は25mmが1秒間と決められていますので、25mm(1秒)ごとに1回のQRS波があれば、脈拍が毎分60ということです。さて、この図を見ると、一目でわかるのが、QRS波の間隔がバラバラになっていることです。短いところも、長いところもあります。脈で見てると、規則性が全くなくバラバラに感じます。これを「絶対性不整脈」と呼び、心房細動に特徴的な所見なのです。よく見ると、横線(基線と呼びます)が細かく振動しており、これは心房が細かく痙攣する(細動)の表れです。Apple Watchのアプリはこの基線の揺れには関係なく、QRS波の間隔がバラバラなことから「心房細動」と診断しています。
話を戻しますが、このケースではApple Watch購入直後に発作が捉えられたと言うことで、大変運が良かったとも言えますが、こうも簡単に見つかるということは、これ迄も頻回に繰り返していた可能性が考えられます。それだけ、いつ脳梗塞を起こしていてもおかしくなかったわけで、早速、抗凝固薬を処方させてもらいました。今後はApple Watchで発作の出現頻度等を確認した上で、さらに心房細動自体への対処法を検討する予定です。
不整脈は、発生している時に心電図を録らないと正確な診断に至らず、的確な治療の開始が遅れることが課題でした。心電図記録アプリを搭載したApple Watchはまさに画期的な診療ツールで、診療現場で患者さんに大きな恩恵を与えてくれること間違いありません。不整脈の診療が大きく変わる可能性があります!
図1
21歳の男性です。中、高校生時代から年数回、数分続く動悸発作を認め、時々血の気が引いて目の前が白くなるようなこともあったようですが、運動を禁止される訳でもなく、これ迄何事もなく過ごしていました。何度か病院を受診しましたが、異常があると言われたことはありませんでした。今回も同様な発作があり、たまたまネットで「動悸」を検索していたら、小川聡クリニックのHPにヒットし、自分と同じ様な症状の人が「携帯型心電計」を貸し出され、発作時の心電図を記録して診断が確定したと言う記事を見て、自分も是非これを使わせて欲しいと来院しました。「チェックミー」(ネットで検索できます)という名の手のひらサイズの携帯型心電図記録装置で、次の発作を記録できたら来院しなさいと指示して、貸し出しました。それから、数日後のことです。「先生!発作が記録できました」と電話があり、早速来てもらいました。
記録された心電図を見て、一瞬息をのみました。私のその態度を見て、付き添いのご両親の表情も強張りました。図2-aは発作が出てない時の正常の心電図です。心室が収縮する際に出る大きな波(QRS波)が規則的に繰り返していて、その回数は毎分84回です。図2-bはいつもと同じ動悸が始まった際の記録です。大きな違いはQRS波が図2-aとは全く異なり、幅が広く、なおかつ間隔が短く繰り返しており、計測すると何と毎分245回にも達しています。第一感は、不整脈の中でも重篤な「心室頻拍症」で、突然死にもつながる危険な不整脈です。これが数分続いて、運良く自然に停止していました。こうした頻拍症で心拍動が毎分200を超えると、心室の収縮が空回りして、有効な心拍出が得られなくなり、脳貧血を起こして失神してもおかしくありませんが、動悸以外はなかったようです。幸い、心臓に全く病気がなかったことが、良い結果をもたらしたものと思われます。翌日にも発作が再発しており、その時の所見から(図2-c))、心室頻拍ではなく、心房粗動だと診断できました。
いずれにしても、今後は失神に伴う事故のリスクも予想されるので、詳細な電気生理学的検査を受けてもらい、カテーテルアブレーション治療で根治を目指す段取りになっています。長い人生をこれから送る中で、今の時点で根治できる不整脈の確定診断ができて本当に良かったと思います。病気を治したいと言う本人の熱意に報いてあげられた喜びを感じています。
図2-a
図2-b
図2-c
43歳女性で、元々呼吸困難発作のため精査していました。下肢静脈瘤が見つかり、血栓マーカーが時々陽性になることから、エコノミークラス症候群が疑われ、抗凝固療法を行っていました。動悸も訴え、ケース1の様にBNPも正常値を時々上回る状態が続いていました。念のため心房細動も疑ってApple Watchを持ってもらいました。元来Apple Watchは心房細動の検出を目的に診断アプリを開発していますが、常に心房細動を検出できるとは限りません。特に、心拍数が毎分120を超えると、仮に心房細動であっても「判定不能」あるいは「判定しません」と表示されます。発作性上室性頻拍症 (PSVT) 等が記録されていても診断に至りません。実際に記録された心電図を見ると、この患者さんの場合は間違いないPSVTでした。にもかかわらず「判定不能」が繰り返されます。こうなると患者さんは、いったい自分に何が起きているのだろうと不安になります。もちろんこの方の場合には、外来に来られた際に実際の記録を見せながら説明したので問題にはなりませんでした。さらに、あるとき送信された心電図では(図3)、Apple Watchの診断は正常の「洞調律。心房細動の兆候はありません」となっていました。しかし記録を見ると、記録の前半にはPSVTが記録されており、1段目の途中でそれが自然停止し、正常の「洞調律」に戻っていました。(図3の矢印)動悸発作があったので記録を始めたところ、途中で治ってしまった貴重な瞬間が偶然捉えられたのでした。Apple Watchならではのお手柄です。専門家がこの瞬間の記録を見れば、この頻拍症の細かい機序を瞬時に診断でき治療に反映できるくらいの貴重な情報なのです。しかし、患者さんにとっては、発作が出ていたのに正常だったんだ、と誤解されてしまう心配があります。Apple Watchを不整脈診療に利用する場合の問題点と言えます。
但し、Apple Watchで記録される心電図の精度は極めて良いので、専門医が目を通せば殆どの場合、正確な診断に至ります。Apple Watchユーザーには、必ず専門医の判読を受け、Apple Watch心電図の恩恵を最大限生かすようお勧めします。
因みに、小川聡クリニックでは「AW-ECGパッケージ」として、記録した心電図をLINE-WORKSを介してクリニックへ送信してもらい、小川院長の診断を仰げるサービスを始めており、利用者の皆様には「大変心強い」とのお声等を頂いております。(HPトップページを参照ください)
図3