小川聡クリニック

院長の独り言

番外編4〜留学時代の思い出(4):不整脈研究員の私と心エコーとの出会い〜

循環器内科の中でも、特に心電図•不整脈を自分のライフワークにしようと決意して、1975年からのアメリカでの研究生活に挑みました。慶應のボス・中村芳郎先生が紹介してくださった留学先は、先生がフィラデルフィアのHahnemann医科大学留学中に親交のあった不整脈の大御所・Dr.Dreifusでした。Dr.Dreifusは、その年にHahnemann医科大学からフィラデルフィア郊外に建つThe Lankenau Hospitalの循環器科部門の責任者として異動されたばかりでした。そこのラボで、心筋梗塞で見られる致死的不整脈の発症機序を解明する実験が始まりました。その一方で、その頃は心エコー検査で技術革新が起きていた時でした。エコービーム1本からの反射波で心臓を探索していたそれまでのMモード法から、心臓を二次元的な断面として捉えられる新しい断層心エコー図法が黎明期を迎えていました。もともと心エコーにも興味を持っていた私は、学会の機器展示などでその存在を知り、この検査法がこれからの循環器診療の中心になると確信しました。不整脈/電気生理学の研究員で留学しているのを忘れて、Dr.DreifusにLankenau病院への導入を懇願しました。すぐに彼は受け入れてくれ、隣町BaltimoreのJohns Hopkins大学にあるVarian社製断層心エコー図の全米2号機を見学するよう指示されました。1976年2月、検査部門の責任者の先生と二人で、Amtrakに乗って極寒のBaltimoreを訪問し、その素晴らしさを目の当りにしました。その結果をDr.Dreifusに報告したところ、即決で10万ドル以上(当時のレートで4千万円位)する全米3号機の購入が実現しました。全米の他の主要な施設に先駆けての導入でした。早速病棟に配備し、オーダーが出ると不整脈の実験室から駆けつけて検査を担当するようになりました。当時の日本では弁膜症ばかりでしたが、アメリカでは殆どが心筋梗塞の患者さんで、大変貴重な症例を経験することができました。心筋梗塞で、心筋の一部が壊死に陥るために収縮が低下する様子がエコーで手に取るようにわかりました。壊死に陥った心筋の部位と心電図異常の対比、その後施行する冠動脈造影検査で示される閉塞した冠動脈の部位とを比較していくうちに、それまでの検査では未知の事実が次々と明らかになり、毎日が興奮の連続でした。元来論文書くのが好きな私でしたので、その経験から得た知見を幾つかの学術誌に掲載してもらいました。

この経験は1978年に慶應に戻ってからも生かされました。中村芳郎先生から慶應病院の臨床検査部心機能室の主任を仰せつかりましたので、なんとかこの断層心エコー検査を慶應に導入したいと思いました。日本中の大学病院でも、導入されてるのは何ヶ所もない時代で、もちろんそんな予算が慶應ですぐに付くはずはありません。そこで一計を案じました。当時日本でも幾つかの医療機器メーカーが断層心エコー法の開発でしのぎを削っておりました。その一つに声をかけ、自分がアメリカで最初に断層心エコーに触れた日本人で(おそらく)、幾つもの論文を発表してきた、と言うような自己宣伝をしたことを覚えています。「もし慶應病院に貴社の機器が導入されれば、必ず『ショールーム』となり、購入希望の見学者が全国からたくさん来られるはずですよ」などといろいろ説得したところ、見事会社の上層部の理解を得られ、無期・無償で貸与してもらうことができました。それにより慶應の循環器内科の大きなレベルアップにつながったのは間違いありません。勿論いろいろな形でその会社にも恩返しをさせてもらいましたし、数年後の入れ替え時には、病院予算で正式に購入してもらえました。

1981年4月末のこと、あの大俳優さん(Y.I氏)が腰痛で慶應病院へ入院してこられた時には、この器械が大活躍をしてくれました。解離性大動脈瘤の診断がつけられ、それに基づいて手術が成功したのです。連休前の日曜朝でしたが、循環器内科の当直医から、「椎間板ヘルニアの疑いで整形外科に入院されているY.I氏ですが、どうもおかしい、動脈瘤からくる痛みが疑われます」と連絡が入りました。まだ断層心エコーを使いこなせるのは私以外にはおりませんでしたので、病院に出向き、早速ベッドサイドで検査を施行したところ、上行大動脈解離と診断できました。あと少し診断が遅れていたら、動脈瘤破裂に至っていたと思われます。5月の連休中もずっとICUに泊まり込みで、連日数時間おきに検査を繰り返していると、少しづつ大動脈瘤の拡張が悪化していることが判明し、心臓外科の当時の井上正教授に進言して、緊急で開胸手術を実施していただきました。無事回復されて、ガウン姿で奥様とともに慶應病院の屋上から駐車場を埋め尽くしたファンに手を振られたあの感動的シーンが思い出されます。

不整脈と心エコーの二刀流が、今のクリニックでも大いに役立っています。