小川聡クリニック

院長の独り言

第1回「検診で心雑音を指摘された、心臓弁膜症?」

弁膜症はどこで診てもらいましょう?

私が医学部を卒業したての頃は(そんな昔のことではありません!)、特に内科領域では、問診、視診、触診、打診、聴診などの手法を駆使して、患者さんをしっかり診察することで、多くの病気の診断ができることを教えられました。優秀な内科医になるためにと必死でこの診療手技を先輩から学んだものですが、この経験が今でもクリニックで役立っています。時々、患者さんの背中を叩く「打診」もしますが、「今時こんなことしてくれる医者がいるんですね」と訝し(いぶかし)がられます。まずはこれらの診察で病気を絞り込み、その後で必要な検査を進めるのが基本です。

さて本題に入りましょう。健康診断で「心臓に雑音が聴こえる」、「心臓弁膜症(疑い)」と言われたら、どんな先生を受診したら良いでしょう?弁膜症自体の診断はもちろん大事ですが、その存在が身体にどのような悪影響を生じているのか、将来的に何が起きうるのか、だから今何をすべきなのか、そういったことを総合的に判断できる循環器内科医にかかりたいですね。まさしく「木を見て森を見ず」ではダメなのです。とはいえ、まずは木(弁膜症)を見るところから始めましょう。木を見た上で森を見ましょう!

「聴診」は弁膜症の診断に大きな武器になります。弁膜症ではドップラー法を含む心エコー検査が今や強力な診断法ですが、その前に聴診器を使いこなすことによって、多くの重要な情報が得られます。それによって心エコー検査の結果の判断にも影響します。実は、今の若い先生方は、他に学ばないとならないものが増えたためか、残念ながら心臓の聴診を勉強する機会が減ってしまったようです。基本である診察(聴診)をおろそかにして精密検査に依存しがちになっています。高齢者や在宅医療の患者さんで、精密検査を受けることのできない方々では、ベッドサイドで聴診器1本で弁膜症の診断、重症度の判断をしないとなりません。健康診断の場で、聴診に長けていない先生に出会うと、僅かな雑音で過度な心配をして精密検査を勧められたり、逆に大事な雑音を聞き逃して弁膜症の診断が遅れてしまうこともあります。健康診断で心臓に雑音を指摘されて来院される方の多くは、聴診器を当てただけで、弁膜症ではなく全く無害の雑音(いわゆる「機能性雑音」)だと診断できるケースです。全く心配ないとお帰りいただいています。最近では「心臓ドック」と称してオプションで心エコー検査や心臓CTが行われることも増えました。よく調べてもらうことは大事ですが、その結果の判断には慎重でなければなりません。最新のドップラー・心エコー検査では心臓内の血流が詳細に観察できます。そこでは、わずかな血液の漏れ(弁の逆流)も検出されてしまいます。しかし聴診してみると何も雑音が聞こえず、弁膜症とは言えず、本人の将来にとって全く悪影響のないことがわかります。検査法が余りに鋭敏なために、無害なものまでが異常(病気)と診断されうることを忘れてはなりません。「心エコー病」という名前があるくらいです。健康診断の報告書に「心雑音」あるいは「弁膜症の疑い」と書かれただけで、急に心臓が不安になって精神的にも落ち込んでしまいますよね。その見極めに、「聴診」を含む診察が大事なのです。

慶應病院の循環器内科での私の恩師、中村芳郎名誉教授から聴診の奥義を授かりました。中村先生は、1967年にPhiladelphiaにあるHahnemann医科大学から帰国され、当時としては画期的なアメリカンスタイルの臨床心臓病学を慶應に持ち帰られました。私の卒業は1970年で、フレッシュマンとして循環器内科に配属された時には、中村先生の格好良さに圧倒されたのを記憶してます。学生時代にTV番組の「外科医ベン・ケーシー」に憧れていた私にとって、まさに中村先生の考え方や立ち居振る舞いがベン・ケーシーと重なりました。早朝回診には、Brooks Brothers NYのブレザー姿で颯爽と病棟に現れ、白衣も着ずにおもむろにポケットから聴診器を取り出して患者さんを診察されていました。先生から聴診所見を質問されて即答できないスタッフ医師が、冷や汗かく様子をそっと見て楽しんでいました。その時使われていた聴診器は、それまでの日本では見たこともないような逸品で、それを患者さんの胸に当てていく手元、指遣いに見とれていました。先生の留学先のHahnemann医科大学には、アメリカでも聴診では3本の指に入る著名な心臓病専門医が居られ、その一番弟子だったそうです。先生は帰国後に慶應病院に完全防音の心音図室を設置され、弁膜症の患者さんから特殊マイクロフォンで心音を記録しておられました。私もフレマン時代にそこで聴診器の使い方を学ばせて頂きました。弁の開閉音(心音)、雑音の形、大きさを事前に聴診した上で、記録紙に打ち出された心音図で回答を得るというやり方でした。

「検診で心雑音があると言われた」、「今までは健康に運動もできていたのに、動くと息苦しくなる症状が急に出てきた」という方は、是非一度は院長の「聴診」を受けてみませんか?その場で結論を出します。50年に及ぶ臨床経験の中で、相当数の弁膜症の患者さんを拝見してきました。「慶應病院で初めて診察を受けてからもう40年になります。あの頃は先生もお若かったですね(お互い様ですが)」と言ってくださる方が、今でも定期チェックのためにクリニックに来られています。皆さん、もう60-70歳代になってられますが、途中で弁置換術を受けられた方や、未だに何もせずに元気で経過観察をしてる方達です。中には、そろそろ手術の時期かなという方もいられます。そうした経験から、1年後、5年後、10年後、20年後にその患者さんがどうなるかという「自然予後」、いわば病気の行く末が頭に入っていますので、今後どう対応すべきかが判断できます。精密検査の結果に頼りすぎず、弁膜症の全体像やその人の生涯そのものを見てもらうことが大切です。