小川聡クリニック

読んで役立つ院長の医学講座 〜圧倒的な臨床経験と知識に裏打ちされた院長からのメッセージです〜

第5回「下肢のむくみとふくらはぎの痛みに急な呼吸困難が」

登山が趣味の55歳男性で、1ヶ月前までは元気に山歩きをされていました。最近、日常生活中にも息切れを自覚するようになり、次第に程度がひどくなり、当クリニックを受診する朝には、地下鉄の駅で地上に出るまでに息苦しくて何回も立ち止まらないとならない状態になってました。狭心症などでの胸部絞扼感ではなく、息が上がる、ハアハアする状態と訴えていられました。ここでも問診で重要な情報が得られました。こうなる2−3ヶ月前から右足ふくらはぎの痛みとむくみが気になっていたそうです。これは「深部静脈血栓症」の兆候です。確かに、ふくらはぎを軽く握ると痛みを訴えました。

 

このように、深部静脈血栓症を持つ患者さんに、急速に進行する呼吸困難が出た際には、真っ先にいわゆる「エコノミークラス症候群」(「院長の医学講座」シリーズII第9回を参照ください)を考えます。何かをきっかけに下肢の静脈内の血栓が流れ出し、足から腹部の下大静脈に流れ込み、心臓に達すると右心房から右心室へ、さらに肺動脈に送り出されて、肺動脈に詰まる「急性肺動脈血栓塞栓症」を生じます。詰まる血栓の大きさによって比較的太い動脈に詰まることも、先の細い動脈を閉塞することがあります。太い動脈が詰まれば肺への血液循環が減少し、失神やショックを起こします。詰まる部位によって、呼吸で肺へ吸込まれた空気からの酸素の取り込みが様々な程度で障害され、血液中の酸素濃度が低下するので、呼吸をしていても窒息している状態になり、息苦しくなる「呼吸困難」を生じます。この患者さんのように、息切れ症状が徐々に進行してくる場合には、最初は比較的細い動脈に血栓がつまり、その後も下肢の静脈血栓が繰り返し流れ出し、同じ場所に次々と積み重なっていき、手前の太い動脈にまで塞栓症が拡大していく状態が考えられます。比較的慢性に経過した肺動脈血栓塞栓症が疑われました。早速、診察室で指先で測る動脈血酸素飽和度を調べると、普通では98〜99%あるはずが、93%まで低下していました。

 

この患者さんの場合には、心エコー検査が役立ちました。右心室が普通の倍程度に膨れ上がっており、その先の肺動脈に何かが起きていることを想像させました。通常は右心室から肺動脈が出て(主幹肺動脈)、すぐに左肺動脈と右肺動脈に分枝します。全身から右心室に戻ってくる酸素の少ない静脈血を左右の肺へ送り、肺の毛細血管で酸素を取り込んだ動脈血が左心房、左心室、さらに全身に送り出される仕組みです。心エコー図では、左肺動脈入り口まで血栓が完全に詰まり、先に血液が流れていかない状態でした。つまり、静脈血は右肺動脈だけに流れており、まさに片肺飛行の状態であることが判明しました。直ちに入院してもらい、抗凝固薬での治療を開始したところ、1週間で血栓は融解し、2ヶ月後には完全に消失しました。入院時に認めた下肢の膝窩静脈内の血栓も消失し、患者さんは息切れの症状も消失して元気に社会復帰されています。再発防止のために抗凝固薬の内服治療は継続してもらっています。