小川聡クリニック

読んで役立つ院長の医学講座 〜圧倒的な臨床経験と知識に裏打ちされた院長からのメッセージです〜

第4回「健康診断で心雑音(+)と言われていたが、突然息苦しくなった」

今回取り上げる50歳の男性は、数年前の健康診断で「心臓に雑音があるので弁膜症かも」と言われましたが、毎週末には友人とテニスをするほど元気なので放置していました。心雑音の指摘も毎年ではなかったようです。今年の5月の連休でテニスを楽しんだ後の5月5日深夜、就寝中に突然胸苦しくなって目が覚め、ゼイゼイして息ができないようになりました。近所の先生で「弁膜症からの心不全」と診断され、私のクリニックに紹介されてきました。歩いて診察室に入るのも息苦しそうで、その様子から心不全は間違いありません。診察では、胸に手を置くと雑音が触れました。そうなんです、雑音が余りに大きいと、胸壁を振動させるようになるので、聴診器を当てなくても弁膜症が判ります。振動の具合で、どの弁に異常があるのか判りますが、聴診器を当てればさらに正確に診断できます。この方の場合は、僧帽弁閉鎖不全症、音の状況から2枚ある僧帽弁弁尖のうちの後尖の障害による血液の逆流が疑われました。それまでは検診で医者が聴診器を当てても、雑音を指摘されたり、されなかったりということですので、軽微な雑音だったと思います。つまり弁膜症があったとしても軽症なものでしたが、今回突然に重症化して、心不全を起こしてきたと考えられました。心エコー検査では、僧帽弁後尖を支える弁下組織の「腱索」(けんさく)が断裂しており、結果的に支えを失った後尖が左心房の中に反転しており、前尖との隙間から大量の血流が左心室から左心房へと逆流するのが確認できました。腱索は、左心室内の乳頭筋という筋肉に固定され、僧帽弁とを結ぶ糸状の組織で、ちょうどパラシュートの紐のように僧帽弁をしっかりと支えています。この腱索が切れた状態が「僧帽弁腱索断裂症」と呼ばれ、今回のように程度がひどいと急激に肺うっ血を生じます。心エコーで見た僧帽弁自体の形状から、この方の僧帽弁は組織が脆弱で、もともと左心室の収縮の際に弁全体が左心房側に膨隆する「僧帽弁逸脱症」があったことも判りました。この逸脱症では、閉鎖不全を生じても軽度の場合もあり、この方の検診での雑音の様子からもそれが理解できます。逸脱症では、加齢とともに弁およびそれを支える腱索への負担が次第に増大して、ある日ある時突然に腱索断裂症が起きることがあります。この方はすぐに心臓外科専門医をご紹介し、準緊急で手術を施行されました。幸い、人工弁への置換術は回避でき、切れた腱索を修復し、閉まりの悪かった弁尖を縫い縮める「僧帽弁形成術」で閉鎖不全は消失し、2週間後には退院されて元気に職場復帰されました。

こうした事態を避けるには、「僧帽弁逸脱症」あるいは雑音があると診断された時点から定期的に心雑音の変化の様子をチェックしてもらい、年1−2回は心エコー検査を受ける必要があります。