小川聡クリニック

読んで役立つ院長の医学講座 〜圧倒的な臨床経験と知識に裏打ちされた院長からのメッセージです〜

第3回「心臓弁膜症ミニ知識」

最近、TVで「加齢のふりしてやってくる、心臓弁膜症。気になったら早めの相談を」のコマーシャルが流れているのをご存知ですか?

心臓の働きは、肺で酸素を取り込んだ血液(動脈血)を全身に送り出すポンプ作用が基本です。同時に、全身から戻ってくる酸素の減った静脈血を肺に送り出しています。これを1日平均して10万回繰り返すために、心臓には四つの重要な要素が備わっています。1)ポンプ活動を担う心臓の筋肉(心筋)、いわばエンジン部分、2)この心筋にガソリン(動脈血)を送る冠動脈、3)このエンジンを空回りさせないように、血液の流れを効率的かつ一方通行に保つ弁膜、4)エンジンを動かすための電気系統(刺激伝導系)で、これらが統制よく機能することで全身くまなく血液を送り出せているのです。この中の(3)に支障が出る状況が弁膜症です。

一口に弁膜症と言っても、弁は4箇所にあり(右側に三尖弁と肺動脈弁、左側に僧帽弁と大動脈弁)、それぞれに血流が逆流する閉鎖不全症と、弁が狭くなって流れにくくなる狭窄症があります。自動車事故などで胸をハンドルやエアーバックに打ち付けて、一瞬心臓が前後に圧迫されることで起きる三尖弁閉鎖不全症もありますが、多くは左側にある僧帽弁と大動脈弁が問題になります。中でも僧帽弁閉鎖不全症と大動脈弁狭窄症が、加齢とともに増加し、重症になると命を脅かす症状を起こしてきます。

僧帽弁閉鎖不全症:
僧帽弁は左心房と左心室の間にあって、前尖と後尖の2枚が心臓の収縮に合わせて開閉を繰り返しています。左心室が収縮すると、左心室の中の血液は大動脈弁を通って全身に拍出されます。この際、僧帽弁は2枚がしっかりと合わさって閉じるので、血液は左心房に逆流することはありません。この弁自体の障害(僧帽弁逸脱症、細菌性心内膜炎など)、弁を支える組織の障害(腱索断裂症や乳頭筋不全症など)、左心室、僧帽弁輪の拡張など(心筋梗塞や拡張型心筋症など)、が原因となって2枚の閉鎖がうまくいかないと、その隙間から収縮期に血液が左心房に逆流します。左心房では、常に肺から流れ込んでくる血液に加えて、この逆流血液を抱え込むので、次第に左心房は拡張して対応します。その拡張が限界に達すると、肺から戻ってくる血液の受け入れに支障がおき、肺にうっ血が生じます。そうなると、息苦しさ、呼吸困難感が生じます。特に階段昇降時や運動などで心拍数が上がると顕著になります(労作時呼吸困難と呼びます)。治療には、以前は人工弁への置換手術しかありませんでしたが、近年、弁形成術が進歩したので、比較的低侵襲で弁を修復できるようになっています。

大動脈弁狭窄症:
左心室の出口にあるのが大動脈弁で、大動脈へ拍出された血液が左心室へ逆流するのを防いでいます。もちろん閉鎖不全症も左心室への負担を増す弁膜症ですが、高齢者で特に問題になるのが、動脈硬化が原因で弁の開きが悪くなる大動脈弁狭窄症です。大動脈弁は、僧帽弁とは異なり、小さな3枚の弁尖に分かれています。閉じた時にはベンツマークのようになります。生まれつき弁尖が2枚しかない大動脈二尖弁も、十分開放できずに狭窄症を起こしますが、後天的で一番多いのが、長年にわたり血流が高速度で弁を通過することによる弁組織の劣化、さらには弁の接合部に生じる動脈硬化が原因で、開放が障害されるタイプです。狭窄が進行すると、左心室は狭まった弁を通して血液を送り出すために、非常に大きな仕事をさせられます。そのため、左心室の壁が肥厚して対応します(左室肥大)。自覚症状としては失神(狭窄した弁を通過する血液量が低下して脳への血流が低下するため)、狭心症(冠動脈への血流が低下するため)、心不全による呼吸困難(肥大した左心室が最終的に負荷に耐えられなくなりヘタってしまうため)、などを引き起こします。これらの症状が出始めると、1〜3年の間に突然死に至るリスクが高まります。

狭窄した弁を通過する血流によって特徴的な心雑音が生じますので、検診などで必ず指摘されるはずです。その際は速やかに専門医を受診して、心エコー検査などで狭窄の程度を評価し、手術適応の有無を決めてもらいます。手術は、人工弁を用いた弁置換術が行われてきましたが、最近は開胸せずに、カテーテルによって人工弁を大動脈弁部に留置する「経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)」が行われるようになっています。開胸する外科手術に耐えられないような高齢者に向いてる治療法です。