小川聡クリニック

読んで役立つ院長の医学講座 〜圧倒的な臨床経験と知識に裏打ちされた院長からのメッセージです〜

第9回「突然の呼吸困難〜エコノミークラス症候群」

特に呼吸器疾患を患っている訳でもない健康な方が、突然、呼吸困難を訴えた場合、エコノミークラス症候群と言う病名が頭に浮かびます。飛行機で長時間旅行する方、特にエコノミークラスで狭い座席に長時間拘束された方が、飛行機を降りて歩き始めたとたん、急に息苦しくなり、呼吸困難やショックを起こし、そのまま亡くなることもある病気です。

長時間椅子に座った状態では、下肢の静脈にうっ血が生じ、静脈内に血栓(血の塊)が形成されます。起立して歩き始めた際に、血栓が血流に乗って流れ出し、下肢から腹部(下大静脈)を経て、心臓の右心房、右心室へ運ばれ、心臓の拍動で肺動脈に流れ込み、そこで詰まる病気です。専門的には、下肢の静脈に血栓が出来ることを「深部静脈血栓症」と呼び、その血栓が肺動脈に詰まることを「急性肺血栓塞栓症」と呼びます。車の長距離運転手でも報告されています。古くは大相撲の横綱玉の海関が、虫垂炎手術後に突然亡くなりました。お腹の手術等で長時間ベッドで寝ている間に血栓が出来ることも有ります。

症状の程度は、どのくらいの大きさの血栓(血の塊)が肺動脈に詰まるかで決まります。大きな血栓が、心臓(右心室)から出てすぐの肺動脈本幹に詰まれば、血液循環が停止し、失神やショックを起こします。肺動脈が左右に分かれた先で詰まると、呼吸で肺へ吸込まれた空気からの酸素の取り込みが障害され、血液中の酸素濃度が低下します。呼吸をしていても窒息している状態と同じになり、突然息苦しくなる「呼吸困難」を生じます。

昨年当クリニックを受診された方ですが、東北自動車道を長時間運転中に突然息苦しくなり、冷や汗も出たそうです。少し停車して休んでいるうちに症状が軽くなったため、運転して帰京されました。ところが翌朝、出勤途中に息苦しさを感じたため来院されました。診察すると、左足のふくらはぎに圧痛とむくみが認められ(静脈血栓の徴候です)、動脈血の酸素分圧もやや低下し、心電図で右心室の負荷も見られたので、直ちに専門病院に紹介して事なきを得ました。

軽い場合は、血栓が自然に溶け、症状も良くなりますが、繰り返し詰まる場合もありますので、必ず専門医を受診しましょう。簡単な採血と、心電図や心エコー検査で判ることもあり、さらにアイソトープで確定診断できます。診断できれば、血栓溶解療法で治療できますし、抗凝固療法で長期的に血栓の再発予防を行います。一つ間違うと、致命的な病気ですので、是非知っておいていただきたいと思います。