小川聡クリニック

読んで役立つ院長の医学講座 〜圧倒的な臨床経験と知識に裏打ちされた院長からのメッセージです〜

第2回「激しい背部痛〜解離性大動脈瘤の徴候〜」

人間が経験する痛みとしては最強・最悪

今年も昭和の大スター、石原裕次郎さんの命日が近づいてきました(7月17日)。裕次郎さんが亡くなったのは、1987年。昨年(2017年)が没後30年だったため、テレビなどでも特別企画が沢山組まれていました。

 それを見て、改めて「解離性大動脈瘤」と言う言葉を耳にされた方も多かったと思います。裕次郎さんがドラマのロケ中に背部に激痛を訴えて慶應病院に搬送されたのが1981年4月のことでした。成功率の極めて低い解離性大動脈瘤の手術から奇跡的に生還され、屋上からファンの皆さんに手を振っていられた、あの感動的シーンが昨年、幾度も放映されました。

 昨年7月6日には俳優の中嶋しゅうさんが、上演中の舞台から客席に転落し、そのまま亡くなるという悲劇が起きました。検視の結果は、「急性大動脈解離」でした。解離性大動脈瘤が発症して直ぐの状態を急性大動脈解離とも呼びますが、これは一体どんな病気なのでしょうか?

 大動脈の壁は「内膜、中膜、外膜」の3層構造になっています。この内膜に亀裂が生じると、そこから血管壁に大量の血液が急激に流れ込み、中膜が裂けてしまうのが急性大動脈解離です。多くの場合は、発症した瞬間に亀裂が外膜までにまで広がり、大動脈が破裂して亡くなりますが(瞬間死)、直後に意識を失ったり、いきなりショック状態になることもあります。

 心臓から出てすぐの上行大動脈に発生すると、心筋梗塞と同じような、突然の胸の激痛に襲われます。その後、胸部大動脈から腹部大動脈へと、血管壁が裂けていく時に起きる痛みは、人間が経験する痛みの中で最強・最悪と言われます。胸部大動脈なら背中、腹部大動脈なら腰の痛みが、背骨に沿って生じます。椎間板ヘルニアと間違われて整形外科を受診している間に診断が遅れるケースもあります。

 解離が起こった結果、腸管動脈への血行障害が生じると、激しい腹痛も起こります。そのまま、運良く解離の瞬間を乗り越えても、その後に大動脈が破裂する危険が高いため、診断がつけば手術が必要になります。大動脈解離から生還するには、早期診断が大事で、診断できたら直ちに心臓血管外科専門医のいる病院に搬送が必要です。

動脈硬化の危険因子を持つ人は要注意

いずれにしても、治療は一刻を争います。手術が原則で、解離した血管を人工血管に置き換えます。近年は、カテーテルを用いた「ステントグラフト内挿術」も普及しています。これはバネ状の金属を取り付けた人工血管で、足の付け根から動脈内にカテーテルにつけて挿入し、解離のある部位で放出すると、バネの力と血圧によって広がり、血管内壁に張りつき、固定されます。開胸しないため、身体への負担も小さくてすみます。

ではどうすれば急性大動脈解離を防ぐことができるのでしょうか。

急性大動脈解離を発症した人の大半に高血圧があり、高血圧が動脈の壁に負担をかけ動脈硬化が進行して発症すると考えられています。加えて、糖尿病や高脂血症などの動脈硬化の危険因子を持つ方も要注意です。塩分制限、体重減少でも血圧が下がらなければ降圧薬で治療が必要です。予兆も無く突然発症するので、普段からのこうした注意が不可欠です。

(「経済界」2018年7月号102頁から許可を得て転載)